自分が思っていない事や、やってほしい事をやっていない時、
それ以外に指示した事をやらずに、違う事をやっている時。
そういう時って、その人の事をなんで指示した事をしないの?
と責めたりしたくなりますよね。
そんな事自分は言ってないのに、相手は違った勘違いをしているパターンとか。
この勘違いとか、自分の言った事と違う事を何でやっているんだろうか。
そういう事を考えていた時に思ったのが、
自分の中のイメージと、相手の中のイメージとか違っているんじゃないかという事なんです。
自分の中では、流れが既にできていて、それに沿って説明はするんだけど、
相手の頭には、そのイメージが違って流れて、アンジャッシュのコントみたいな事になっているような気がするんだよね。
そういうミスとか勘違いが起きた時って、誰も得しないし、相手をせめても事態は解決しないから始末が悪い。
そして、相手に反省を促したとしても、また最初して、以下エンドレスという事態ばっかり。
こういうのって、どこで終止符を打つかっていったら、自分が伝え方を工夫していくしかないのかなって。
だって、相手は変えることができないんだから、自分が変わるしかないよね。
この自分が変わるってところに、何かに負けた感じがしたり、
なんで、この人のために自分が心を砕かないといけないの?
と不平に思ったりしてしまう自分がいる。
相手がまじめに仕事しているんなら、まだしも
まともに仕事していない人で、不平不満言っているのに、自分がそれに丁寧に接しないといけないというところがすごく納得いかない。
この気持ちが、自分を変わる事を妨げてしまっているんだよね。
でも、自分が変わらないと仕事はうまく回っていかないわけで、
自分が変わらないといけない。
だから、負けたという感情が、自分は何に対して負けたと思うのか?
自分がその仕事できない人のために、身を尽くすことが折れたという風に思っているんだろうと思う。
お互い収入を得ている立場なのに、その人をフォローするというか、全部仕事引き受けるのがとても嫌。
これが、お客さんだったらお金もらっている立場だからいいんだけど、
そうじゃないんだから、納得いかない。
でも、自分もそうやって仕事で、ちゃんとしていない部分があるんだよね。
人の事言えるほど、自分がちゃんと仕事できているか?ってなるとそうはならないと思う。
自分の事を棚に上げていないか?
昔も今も棚に上げてない?今までずっと?
それであれば、もっと成果出てるはずだよね。
と思ったら、人の事を言えないなと。
昔の自分に対して、しっかり仕事していない時の自分をフォローするつもりでやってあげると多少は気持ちも変わっていくのかもしれない。
まだもやもやはあるんだけど、少しずつ自分が成長するためにできる事が自分の進みたい方向だから、その方向に進めるようにしたいね。